月の記録 第4話


「お前、ユフィの騎士になるらしいな。偽りとはいえ主を捨て、新たな主を探し出し頭を垂れるとは、長いブリタニアの歴史を紐解いてもあまり前例のないことだ。それほどまでに、騎士の座を欲していたとはな」

今回ばかりは驚いたよ。
アリエスに戻ったルルーシュは、スザクを執務室に呼ぶと笑いながら言った。
ユーフェミアがスザクを騎士にと宣言した時、夜会には相応しくないほど大きくざわめいた。あれだけの騒ぎだ、ルルーシュの耳に入らないはずはないし、もしかしたら近くで事の成り行きを見ていたのかもしれない。
ルルーシュの笑いは喜びでではなく嘲りで、その瞳は失望したと無言のまま訴えてくる。偽りとはいえ、二人が主従関係であることに変わりはなく、その騎士が新たな主を得たという噂は、やがてルルーシュが騎士にも捨てられた無能の皇族だという噂に変わっていった。
だから余計に、ルルーシュはスザクに対して失望しているのだ。
冷たく睨まれたスザクは全身から血の気が引く思いがした。
顔を青ざめ立ち尽くしたスザクをみて、「反論も無しか、つまらない男だな」と言い捨てたルルーシュは、笑いを消し小さく息を吐いた。
そんな二人の様子を、親衛隊の隊長であるジェレミアは、ハラハラとした様子で見つめていた。ジェエミアはスザクが幼いころ、留学という名目の人質としてこのアリエスに来た頃からよく知っていた。常にルルーシュとナナリーに気を配り、二人を守っていた小さな少年。その心はまっすぐで、どれほど二人に冷たくあしらわれても、それでも二人を護りたいのだという健気な思いはジェレミアを含むアリエスの者はよく知っていたのだが、主であるルルーシュとその妹ナナリーには一切届いていなかった。
あれほど幼い頃から、「ルルーシュの騎士に、殿下の騎士に」と願っていたスザクの心を無碍に扱うルルーシュに、それは違います、スザクは心から殿下を慕っているのですと言いたいが、聞き入れることはないだろう。
傍から見れば常にルルーシュの側に居て、ルルーシュの信頼を誰よりも得ている親衛隊の隊長ではあるが、実際は今のスザクのように影では邪険に扱われてきた。
ただ、その能力は認められているため、「俺は自分が気に入った者達で親衛隊を作る。お前はそれまでの場つなぎにすぎない。俺の任を終えた後には、ナナリーの親衛隊にでもなるといい」と言われている。
今ここにいる二人は、どちらもこの主には望まれていない存在だった。

「まあいい、これで晴れて、お前が望んでいた正しい主従関係が築けるんじゃないか?おめでとう、枢木スザク」

子供の頃から口うるさく言ってたよな?
自分をちゃんとした騎士にしてくれと。

「殿下、自分は!」

スザクの言葉を、ルルーシュは睨みつけることで遮った。

「主従とは、互いに認め、求め合うことで成立する。だが、俺はお前を認めていないし、求めてなどいない。ウザいんだよ、おまえは。だから・・・っ、誰だこんな時間に」

決定的な一言が発されようとした時、ルルーシュの携帯に着信が入った。
開かれた携帯のパネルを見て、ルルーシュの眉が寄った。
それだけで、相手が誰かわかる。

「チッ、シュナイゼル兄上か・・・二人共もういい」

下がれ。
ここにいる二人の騎士は、目の前にいる主に信頼も信用もされていなかった。
皇族とのプライベートな会話など、耳に入れることは許されない。
スザクとジェレミアは一礼した後、静かに執務室を後にした。
閉ざされた扉の前に護衛の兵が二人立っていた。
二人の兵は、二人の騎士に敬礼している。情けない顔を見せる訳にはいかないため、スザクもジェレミアもすでに普段通りの顔に戻っていた。

「枢木卿、少し時間はあるか?」
「ええ。自分になにか?」
「少し、身体を動かしたい気分なのだ。手合わせを頼めないだろうか」

幼い頃、スザクの教育係でもあったジェレミアだ。
今のスザクの心境は痛いほどわかっている。
最悪の一言を聞くことは回避できたが、明日の朝に言い渡されるだろう。
解任の二文字を。
陰鬱な思いを抱いたまま夜を明かすよりは、ぐったりと疲れて考えることも放棄してしまうまで、剣を交えたほうがいい。
その間に、何か策が思い浮かぶかもしれない。
訓練棟へ向かうため廊下を進み、階下へ降りようとした時、下から声をかけられた。

「あらあら、二人揃って情けない顔をしているわね」

そこに居たのはこのアリエスの主、マリアンヌ皇妃だった。

3話
5話